Sasuturgi

011:Altar and Sacrifice

 白薔薇隊の掟、人を殺めてはならない。

 相変わらずの曇り空で風が時々強く吹いては草や木の枝同士の叩く音が響き、天使達の死骸がある場所を決闘場として拍手を送っているようにも聞こえた。
 私は兵士で相手は僧侶。いや、元白薔薇隊の兵士か。互いの刀と剣は薄い日の光を反射させている。
 黒服の僧侶は相変わらずゆっくりこちらに歩いて向かいながら話した。刀を構えながら。

「返してもらいましょうか」

 私は半笑いを浮かべた。

「嫌だと言ったら……?」

 黒服の僧侶は刀を構えながら風のよう飛び走りながら、刀を私に向けて振り落とし、私はミザリコードで受け止めた。刃同士の軋む音が響く。黒服の僧侶は声を荒げ、力強く刀を押す。
 
「あの時、|躊躇《ちゅうちょ》なく取ってしまえばよかったわ!」

 私の方も抵抗する力を入れる。

「もう遅いんだよ!」

 私は目一杯ミザリコードでビルギットを押し返し反動で後ずさらせた。痛いぐらいに奥歯に力が入り食い縛る。

「ジェーンを返して!!」

 僧侶は金切り声をあげたあと、目を片手の袖で擦り構え直した。目が潤み、片方の袖の目を擦った所の布の色が変わっていた。

「私を介抱してた時にいくらでも出来ただろ!」

 私は怒鳴り声をあげ続ける。
 
「何故やらなかった!」

 ミザリコードを片手で僧侶に指し言葉を投げかけた。投げかけて返ってくる言葉は答えにならなく無駄だった。
 
「ジェーンを返して!!!!」
 
 僧侶はまた私に向かい刀は風を切る。決闘場は刃と刃の叩き合う音が鳴り響き、刃は薄い日の光を何度も反射させる。
 僧侶の剣は激しい。だが今までしてきた事の疲れと私を目の前にして冷静さを失っているのがわかる。僧侶の剣に出ているので私は守りに徹し、反撃の機会を伺いながら攻撃を受け止める。雑だがやはり只者ではない。
 僧侶はなりふり構わずに刀を振るっては受け止める度に金属同士のぶつかる音が何度も響き、次第に隙が多くなった。大きく降った後に隙が出来ている。私はそこをついた。
 僧侶はまた刀を大きく振るう。
 
 よし、今だ。
 
 刀をはね除け、僧侶がよろめいた隙に素早く腹にミザリコードを深く斬りつけた。斬りつけた拍子に血の雫が飛び散り地面を叩いた時は花びらのように見えた。
 僧侶は立ちすくみ、両手で腹の傷口を押さえがら、刀を取りに行こうとしたのか後ずさろうとしたのちに仰向けに倒れた。
 私は倒れた僧侶にゆっくり近づいて歩き、傷口に向けて剣を指す。それを見た僧侶は諦めたのか目を瞑った。

「仕返しできて清々したよ」

 私はミザリコードの引き金に手にかけた。手にかける前に名前だけは聞いておこうか。
 
「あんた、名前は?」
 
 僧侶は眉間に皺を寄せながら目を瞑ったまま、口を動かした。

「……ビルギット」

 僧侶は腹の痛みに耐えながら名乗り、私に答えが帰ってきた。私はミザリコードの引き金を強く引き、液体の薬を腹の傷口に垂らした。雫は剣を伝う。
 横たわってるビルギットのロングスカートの裾に手をかけた。手にかけた時、ビルギットは目が開き、目線を私に向けた。何か物言いたげな顔をしているが、さっそくの薬の効果で声が出そうにも出せずに荒い呼吸音だけが聞こえる。
 
 お前、私にやった事を忘れたのか?
 
 私は勢いよくスカートの裾を破いた。ロングスカートが膝ぐらいのスリット状になり、ビルギットの傷とアザだらけの片足が少し覗いた。私は破いたスカートの布でビルギットの刺した腹部の部分に止血して布を巻いた。
 ビルギットは相変わらず何か言いたげに呼吸を荒げながら起き上がろうとしているが青虫みたいにもがいている。

「暴れないで」

 ビルギットの腕を押さえ、私の体が彼女を覆い被さるように押さえつけた。
 
「言っておくが殺すつもりはない」
 
 私は押さえた腕の力を緩め放し、彼女の体から自分を退いた。ビルギットの腹の傷をスカートの布の切れ端で巻いて止血した。ビルギットは悩ましげだがどこか安心しているかのような顔をしている。手当てが終わったので彼女の元から立ち上がり見下ろした。
 
「それに、一般の人は殺すなという掟がある。私はそれを守る」
 
 ビルギットは私の方を見て、待てと言わんばかりに片手を伸ばした。私は何もせず、自分が刺した女のその場から離れた。
 風が強く吹きあがり、羽が舞う。風の音と共にあの鳴き声が遠くから聞こえる。あの汚い鳴き声がどんどん近くなっているので私は立ち止まって空を見ると、後ろを振り向いて遠く小さくなったビルギットに白いトリがビルギットの上空に弧を描きながら飛んでいる。

 天使が来た。
 
 トリのような見た目をしている天使は鳴き声をあげながら、私が刺したビルギットの方へ10匹ほど舞い降りて来た。
 仲間の死骸が転がっていると必ずやって来る。
 トリの群れの汚い鳴き声は獲物を見つけた歓声に聞こえた。天使の餌食にならまいとビルギットは必死に刀を手にかけ、上半身を起き上がらせた。体に力を入れた影響で止血した腹部から血が滲んでいる。
 必死に刀を振り回して追い払おうともがき、刀を振り回した不意に10匹中の2匹のトリがビルギットの振り回した刀が翼に当たり鳴き喚いて飛べなくなった。

 けっこうやるものだな。
 これだけ元気があれば彼女は生き残るだろう。掟は守った。
 後は私が知ったことではない。
 
「死骸を片付けろというのはこういう事だよ」

 私は振り向かずそう言い残して、静かに天使の死骸がある決闘場は生きたままの鳥葬になり私は跡にした。
 風が強く吹き、天使の羽が雪のように舞った。