Sasuturgi

017:Altar and Sacrifice

 供物来たり、天使となり。   「ビルギット!」    盲目の少女が名を叫ぶ。ビルギットと。  砦は崩落していて、瓦礫の中を歩いてきたのは確かだ。とても危険な場所と不釣り合いに少女がいる。盲目の。  少女の両目は傷跡があり、閉じている。  風がまた吹き叫ぶ。少女の声と共に。 ビルギットの方を見ると目を見開き、少女の方を見ている。また、彼女の刀を持っている手は強く、強く握っている。  手の震えを抑えるために。彼女は盲目の少女に叫ぶ。  「来るな!」  ビルギットは叫んだ後、手を口に当てた。 「どうして来ちゃ駄目なの? ビルギット? どうして!?」  少女は遠くから質問をしてくる。  私から見て、この盲目の少女は大事にされて来たのだろう。それがわかると同時に羨ましさを覚えてしまった。  盲目の少女はビルギットの言うことを聞かず、こちらに向かって走って来た。よく見ると裸足で包帯を両足に巻いていた。裸足は傷だらけだ。   「エリカ、来ちゃ駄目って……」  ビルギットは力なく言う。    どういう関係だ? これは。  少女がこんなところにいては危険だ。いるべき場所じゃない。 しかし、不自然だ。  盲目の少女はビルギットの元へ辿り着いてしまった。声を頼りにしたのだろう。私は少女に話かけた。   「ガキ、何でここにいる? ここは危険だ」  私は冷たく言った。 「ガキって名前じゃないわ! ちゃんとした名前があるんだから! エリカよ! 花の名前からよ!」  少女は私に名前の訂正をまくしあげてきた。  私は事情がわからなかったのでエリカと言う少女に質問をする。   「わかった。それはすまない。君はエリカと言ったね。君はビルギットとは何を……」  少女はまた私の話を遮る。 「ビルギットが帰って来るって言ってて、遅かったから。だから、私、ビルギットの後を追いかけたの。こっそり」    だからといって、それは駄目だ。ビルギットの言うことは聞け。私は横目でビルギットを見た。  まだ涙ぐんでいた。だが、ビルギットは黒い長手袋でまた目を擦った後は、するどく険しい目つきに戻った。   「大人しくしろと言ったでしょう。エリカ」  ドスの効いた声色だ。    ビルギットのドスの効いた声色を、エリカは初めて聞いたような反応で縮こまった。これからお仕置きをされるのをわかっている子供のように。だが、予想は反した。  ビルギットはエリカにさらに近づき、優しく抱きしめ、盲目の少女に囁いた。   「私は今、刀を持っている。見ての通り、僧侶には相応しくない物を持っている……」  ビルギットは囁く。   「だから、わかったでしょう? 私はあなたの好きな私はいない。もう、いない」  囁く。 「私の事は忘れなさい」  ビルギットは囁いた。  ビルギットの囁きにエリカは黙ったままだった。  理解をしているのか? いや、している。  少女は覚悟を決めて、目は見えずとも足を痛めながら、ここまで追いかけて来たのだ。  僧侶と偽った兵士、元白薔薇隊のビルギットを。  私は話が長くなれば危険だと思い、話を遮る。子供まで巻き込むのは後味が悪い。   「話はこれで終わりか?」 「ビルギット、この少女を連れて安全な場所まで行って来い」 「そして、二度と戻って来るな」  ビルギットは驚いた顔でこちらを見つめ、こう言った。 「そしたら、あなたジナヴラ、一人だけになってしまう!」 「この砦までは護衛してやる。勘違いはするな。あの時、お前がやった事は根に持っている事を」  私はビルギットに剣を向けた。  さらに私は続ける。 「私は姉に用がある」    私は夜空を確認した。吹きさらしとなった上空には天使らしき物はないかと確認したが見当たらず、耳を澄まして、羽音や鳴き声を聞こうとした。聞こえなかった。    これは今のうちにだ。今のうちに。    足場が悪くなっているため、怪我人を二人を気を使いながら、一階の大広間まで目指した。他の道はないのかと見回したがどこも崩落していて危険なので元来た道から戻るしか無かった。  私は思った。エリカという少女はこの大広間を通ったわけだよな? と。  同胞と天使の死骸が積み重なっている大広間を。目は見えずとも何か感じたはずだ。死臭は気にならなかったのだろうか?  ただ、どちらにしろ、盲目にならなければ行けぬ道なのは確かだ。  ビルギットの方を見るとエリカに気にかけて抱いて移動している。まるで過保護な母親のようだった。  瓦礫を踏み歩き、つまづきそうになりながらも何とか一階の大広間まで着いた。ここの入口前には本来、絵や花などが飾られていたが今は見る後もなく、焦げた跡と破壊された花瓶の欠片が辺りに散乱している。私は花瓶の欠片を踏み割った。  私は後方にいる二人に声をかけた。 「いいか、砦から出たら二度と戻って来るな」    私はミザリコードを構え直す。  後方二人からの返事は聞こえない。 「合意と見なすぞ。返事がないのはなら」  私の後ろを確認するため、二人の方に振り向いた。  二人共は理解したような顔をしていた。  さらにビルギットとエリカの後方を確認したが何も無かった。  奴らはいない。急がねば。走れ!    私は先陣を斬って走る。私は走りながらビルギットに走れ! と叫ぶ。  「走れ! 走れ! 走れぇぇぇっ!!!」  二人に聞こえるように聞かせ、天使が飛んでやって来ても私が相手に出来るように声を上げ叫んで走る。  ここは天使の死骸を片付ける余裕は無い。天使は自分達の仲間の死骸によく集まるからだ。これだけの大群の死骸が同胞の遺体と積み重なっては混じっているのだ。となれば二人は危険だ。  私はただ邪魔をされたくなくて、こういう事をしている。姉のヴィクトリアの事だけは邪魔されたくない。  息が上がって来た。二人を少し確認した。ビルギットも息が上がり苦しそうにしているが走っている。エリカは離れまいとビルギットに強くしがみついている。  いいぞ、このままだと思いきや、上空からあの鳴き声が聞こえた。思わず私は舌打ちをし、剣を構え直す。    来い。  私は立ち止まった。二人に走れ! とまた叫んだ。  天使達はゆっくりと吹きさらしになった穴から輪を描いて降りてくる。 ビルギットは振り向かず走り、私から越した。  私は剣の引き金を引き、刃に慈悲の雫の液剤を潤し、剣を空に斬った。雫が降りてくる天使に向かって飛び散り舞う。その雫が地に近くて、私と距離が一番近くの天使に当たった。天使の体には慈悲の雫が当たった箇所は左の翼に当たり、煙を立て穴が空いた。そして飛べなくなった所を剣で斬りつける。  天使は鳴き声を上げながら翼と体をくねらせ、バタつかせながら、しばらくしてから動かなくなった。この慈悲の雫を飛ばす手法は液剤の消費が激しいため、今のこの状況下だとあまり使いたくない。が、仕方ない。  私が飛ばした雫は他の天使にも当たり、落ちてもだえて翼をバタつかせている。ザッと見て16匹中、4匹は地に近いのは落ちた。他の銃数匹はまだ遠くの空を飛んでいる。様子を見ているのだろう。面倒な所だ。  私は二人の安否を確認しようとした、その時に悲鳴が聞こえた。  やられたか!?  私は咄嗟に振り返り、二人の方を見た。    ビルギットが何故か、鳥の、天使の翼を抱いていた。  6枚程か。そして、さらにビルギットの前には亡くなったはずのセージが目を瞑ったまま立ちはだかっている。私はセージを見たとき、混乱した。  セージは亡くなったはずだ。  ビルギットは何故トリを?  トリ……? トリだと?  その時、セージの声で囁くのを聞こえた。もう喋らないと言っていたはずだ。どういう事だ。  「供物来たり」  亡くなったはずのセージは囁く。  私はそれを聞いて、我に返りビルギットに叫んだ。   「おい! 何をしている! 立ち止まるな! 走れ!」  叫んだ。喉が潰れそうなぐらいに大きな声で私はビルギットに叫んだ。  ヤバい事になるぞ。 「エリカ!! 嫌よ!! そんな!!」  ビルギットが金切り声を上げている。  立ち止まったまま翼を抱いている。もうエリカじゃなくなった。  翼が生えているエリカだったものを強く抱きしめている。  埒が明かない。  私はビルギットの方に向かって走る。  護衛をすると言ったのは私だ。出来ていないじゃないか。あの少女を守れなかった。  まさか、私が知らない少女の事を心配するとは思わなかった。全力で走った。全力で走りビルギットの元へ。私はわかってはいたが目を疑った。  エリカの眼から、翼が片方に三枚ずつ、盲目から生えていたのだ。背中ではなく。エリカの眼孔に。  初めて見るものだった。  私はそれを見たとき、体が勝手に動いた。翼が生えたエリカからビルギットが離させるために、ミゼリコードを構え、引き金を引いては液剤を刃に潤し、エリカの翼に剣で勢いよく切り落とした。ビルギットは私が斬り掛かってきたのを咄嗟にかわした。私がエリカだったものをビルギットから引き離して捨てた。ビルギットの方は私が引き離した時に勢いよく、倒れた後起きて膝立ちになって、呆然と私が捨てたエリカを見ている。  私はエリカだったものの眼から翼を切り落としたが、見るうちにまた翼が生えてきた。今度生えてきたのは元の翼に木の枝のようにあちらこちらに翼が生えたような奇形のもので、おぞましかった。  エリカだったものは、翼が生え伸びて来たままだが、体は横たわって動かないままだった。  何て事だ。  私は注意を払いながら、剣のシリンダーの薬の量を確認をしたら、殻になっていたので、引き金を引き空のシリンダーを外し交換をした。剣に装着する音と空のシリンダーが地面に叩き捨てられる冷たい音が響く。シリンダーの数は剣についていた1本と集めて回収した物が2本、1本空になった。残り2本、持つだろうか。いや、その前にやりきってやる。  亡くなったセージの方に注目した。エリカだったものに近づいていく。 私が推測の範囲内でわかるのがエリカは供物者だって事だ。わからないのはセージだ。セージが供物者だって事は聞いたことが無い。隠していたのか?  だがエリカとは何かが違うのだけはわかる。  ビルギットが突然叫びだした。私はビルギットの方に注目をした。  「エリカ!! エリカ!! やめて!! 行かせないで!!!」  ビルギットは目を鋭くさせ刀を構え、セージに立ち向かおうとしている。 あの様子を見て、いてもいられなくなった様子だ。  私はわざとビルギットに剣の柄で背中を叩き倒して、抑えた。私に抑えつけながらも力付くで藻掻いている。  「目を覚ませ! 盲目になるな!」  私はビルギットに言った。    ここは普通、落ち着けと言うだろう。  セージがエリカだったものに近づき、屈み込んでエリカだったものを拾い上げ抱いて、こう囁いた。 「供物来たり、天使となり」  護衛するとか言っといて、格好がつかないじゃないか。畜生。  同胞達の血の花びらと天使の羽が風で飛ばされ舞い上がる。その時、吹きさらしになった穴からさす、月明かりが眩しく見えた。